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2009年6月30日 (火曜日)

日々の反省

今日は久しぶりのゴルフ♪

約一ヶ月ぶりだった。

これだけ久しぶりだ気持ちの持ち方が変わるから単純である。

新鮮に感じ、打つときに色んな復習が思い浮かぶ。

そして打った後に反省。

「ここがダメだった。」、「気を付けているのに、どうしてそうなったのか」。

普段の生活でも同じように考えていたら、もっと充実するだろうに・・・。

それが今日の反省・・・。

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2009年6月29日 (月曜日)

浅はかさ

何かに気付くために、誰かに出逢う。

出逢いは必然でもあり、起こることには意味がある。

その場に出くわした時には、そのようなことは感じられない。

ところが、一日の終わりに今日の出来事を振り返る

その時に、「はっ」と気付くことが多々ある。

今日のことでなくても、「あんな意味だったのか・・・」。

そう思い、自分の「浅はかさ」を知る。

その「浅はかさ」を知ることが大切なんだと思う。

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2009年6月28日 (日曜日)

気持ちをフラットに。

昨夜の引退式のことを、母の墓前で報告をした。

6月は母の誕生日、母の日、命日と、お墓参りの機会が多い。

それに加えての報告。

「何をしてあげれば良いのか」、と考えていたが答えが出ない。

そもそも家業である企業に就職を決めたのは、母の一言。

「あなたは父親の元で5年間は一緒に仕事をすべき。5年経って嫌だったら辞めなさい」と。

それから15年も経った。

仕事を楽しんでいるし、特に辞める理由も無い。

もっと深く考えて生きるべきなのだろうか。

母の死後、父は今、別の女性と暮らしている。

その暮らしぶりは見ていて微笑ましく、その方には感謝している。

しかしながら結果的に僕は、両親の元から完全に離れてしまった。

フラットに気持ちを落ち着かせて、色々と考える時が来たのか・・・。

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2009年6月27日 (土曜日)

引退

当社の会長職を務める親父が退職した。

文字通り、引退である。

16時から社員一同で「見送る会」なるものを設営した。

花束と記念品を受け取った後に、本人から挨拶。

涙で言葉にならないものだった。

17歳から50年間、社長を務めた。

その苦労は、想像ができない。

特に趣味があるわけでもないので、今後はどうするのだろうか。

住まいは別々でも、これまでは会社で顔を合わせることがあったが、それももう無くなる。

今までより実家に出向き、食事を共にする機会を増やすべきだろう。

自分がどう立ち回れば良いのかを考える度に、切なくなる。

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2009年6月26日 (金曜日)

天職

自分の就いている職を、「天職」だと思えるだろうか。

仕事の愚痴をこぼしても選んだのは自分である。

責任は自分にある。

それが親の後を継いでいても同じ。

最終的に決断したのは自分であるから。

現在の職を天職だと思えないとしたら、それは明らかに努力不足。

本当にできる人は、どんな仕事についても天職に変えられる。

勿論、変えるのは自分自身だけど。

「天職ですね」と評価されるよう、頑張ればいい。

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2009年6月25日 (木曜日)

悩むときは・・・。

「成功には理由は無いが、失敗には理由がある。」

「努力のものさしは存在せず、どれだけ努力したか解るのは自分自身だけ。」

このような講演を聴いてきた。

講師は、八起会会長 野口氏。

ご自身が倒産を経験している。

その原因は自分自身の努力の足りなさだと言う。

勉強に勤しむこともなければ、日々の反省と感謝も無かったらしい。

我ながら情けないと振り返っていた。

「TOPに成る者には資質が必要。資質とは物事を理解して変えられること。」

何かがオカシイと思ったら、原因を探りか変化させていく。

当然のことだけれど、いざとなれば、なかなかできないこと。

「悩むのであれば、未来のことで悩め。」

この言葉が印象的だった。

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2009年6月24日 (水曜日)

夏の基準

夏の到来を感じさせる暑さだった。

今年の富山は、梅雨らしい気候が見受けられない。

空梅雨とはならないだろうけど、雨が降らなければ、それもまた心配・・・。

夏を感じさせる暑さを体感すると、ホントに嬉しくなる。

高校時代の仲間たちから、「今年のマスターズは、いつ開催される?」という電話もきた。

皆の心の中にある夏は、高校3年の夏。

生まれて初めて、悔しくて大声で泣いた夏。

試合に負けるということが、あんなに辛いことだと知らなかった。

翌日から目標を失い、覇気がなくなった。

その日ほど、「同じ野球部の仲間に会いたい。」と思った時はそれまでなかった。

そんな夏を、毎年のように思い出させてくれる。

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あの夏があって良かった。

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2009年6月23日 (火曜日)

隣のオヤジ

昨夜は、居酒屋「うさぎ」で晩御飯。

となりの叔父さん(65歳)に話しかけられた。

自慢話も多かったが(笑)、元航空自衛隊に所属していたと聞いた。

そこで色んな会話を楽しんだ。

世界標準で、発明が得意な国民はイスラエル人。

軍事兵器のほとんどの発明は、この国民らしい。

アメリカから委託を受けてのことだという。

彼らはユダヤ系。

次いで、インド国民、我が国日本、韓国と続くらしい。

「この国の行く末が心配だ。」。

TVで特集していた「ひめゆりの塔」の番組を遠くに見ながらつぶやいていた。

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2009年6月22日 (月曜日)

1991年1月1日

思い起こしてみると、幸運なことばかり。

まぁ、多少のことでも「運が良い」と思うほうだから余計かもしれないが。

25歳の時に単身で中国の旅に出掛けた。

旅行は楽しいものだったが、最初の幸運なことは行きの成田空港で起きた。

初めての成田空港♪

あまり考えずに住んでいた下北沢を出た。

この日は元旦。

成田エクスプレスに初めて乗り込み、空港に到着したのは20分前。

何かの自動販売機(税金?)の前に並んでいて、「もしかしたら間に合わないんじゃないか?」と考えていた。

不安な僕を見つけた係りのお姉さんが「チケットを見せてください」。

そして、「お客様、間に合いませんので、私の後に付いてきてください。」

並んでいた列を飛び越えて、券を購入し、着ていた革ジャンにシールを貼られた。

「走ってぇ!」の声に並んで走った(笑)

無線で連絡しながら走ってくれて、「そこの角を曲がっても走り続けて下さい」と。

コーナーを曲がると別の係りのお姉さんが待ち構えていて、同じく並走。

リレーである。

最後にお礼を言いながら手を振って機内に乗り込んだものの、予定時刻より15分送れ。

「あ~謝らないといけないな。」と思いながら機内に乗り込むと、1Fにいる搭乗者は自分を含めて5人・・・。

ボーイング747なのに・・・。

富士山を上から眺めるために席を移動したり、眺めの良い場所を探したり、贅沢三昧だった。

いつも、「ダメかな」と思うところで救われてきた。

それに甘えることの無いように頑張らねば・・・。

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2009年6月21日 (日曜日)

無関心さ

自分の住んでいるマンションの理事会があった。

オブザーバーとして出席を要請され、参加。

「大規模改修工事」の案件についてのコメントを求められた。

「工事の方法はいくらでもあるが、問題は住人の無関心さにある。」

この一言に尽きる。

管理会社からの提案を「価格が高いと、信用ができない。」などという前に、それらを一旦止めて、話し合いをすべきである。

結局は、提案したとおり、「大規模改修工事実施委員会」を設置することで話は落ち着き、今後は住人で話し合いを進めることとなった。

ここで決められたことが理事会に上程され、総会に諮られる。

17年目にして、大きな一歩である。

26世帯しかないマンションで、賃貸している住人が13人。

オーナーは半分しかいない。

現状の分析を踏まえ、今、必要な事を、積立金を考慮しながら計画をしていく。

とにかく、関心を持つことから、そしてコミュニティの確立から始めるべき状況。

やっと、始まった・・・(汗)

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2009年6月20日 (土曜日)

ろうそくの灯り

お通夜の場でお坊さんからの話があった。

「ロウソクに火をつけてしまうと、いつかは消えてしまう。

そのためか、近年は火をつけないで、仏壇に置いてあるロウソクをよく見かける。」

企業などは、何かを起こすと、何かを始めると、何かを立ち上げると、その瞬間から崩壊・消滅に向かって進み始める。

継続を図るためにリーダーを変えながら、時代に合う企業を目指しながら形態を変えていく。

目指すところは存続であり、存続するための手段を考慮しているのだ。

その結果として、社会に必要とされる企業と成長する。

先が見えているのであれば、最初から情熱を注ぎ、継続を図ることなど誰もしない。

ロウソクも同じであろうか。

人の人生が終焉を向かえ、周囲の人々に慕われる。

その人が生きている間には色んなことがあっただろう。

誰かに、教えを与えていたかもしれない。

その人の行動が周囲に影響を与えたかもしれない。

もしかしたら、自身の知らないところで勇気を与えているかもしれない。

故人を偲びロウソクに火をつけるのであれば、その間だけでも故人を想うべきである。

自身の都合の良さでモノゴトを片付けるのは、あまりにも寂しい。

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2009年6月19日 (金曜日)

情報の共有

今夜は当社において、年に一度の発送の日。

滑川高校野球部OB会の事務局となっており、後輩たちが集まり資料を封筒に詰める。

登録されているOB会員は424名。

読売巨人軍で頑張っている後輩や、大学で注目されている後輩。

彼らの記事も印刷しての一斉配布である。

皆、仕事を終えてからの作業となるため、食事を取りながらとなる。

一日では終わらないので二日に分けての作業。

OB会費振込みのお願いや、現役野球部の情報などの資料を織り込む。

遠く県外にいる方々の元に届き、同じ母校の後輩たちがそれぞれに活躍していることを毎日の励みとしてもらえれば、作業の甲斐がある。

情報を共有するためには、誰かが汗をかかなければならない。

その作業自体を共有することで、新たな結束が生まれる。

久しぶりに見る顔ぶれを楽しみながら、後輩と母校を想い頑張ろう。

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2009年6月18日 (木曜日)

現在は腰痛で接骨院に通っている。

そこでの話・・・。

なんと、お見合いを勧められた。

今年になって多い・・・微妙である・・・。

期待をされて・・・どう答えるべきか。

「君なら紹介できるよ」という言葉は嬉しい。

が、「軽い気持ちで会ってみれば?」と言われても・・・である。

決して、結婚をしたくないわけではない。

でも、結婚をすることが目的では無い自分にとって・・・と考えると、果たしてそれで良いのかと思う。

難しい・・・。

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2009年6月17日 (水曜日)

夢を・・・

Cak04ek4 プロ野球を観てきました(笑)

元々、あまり観ることが無いので、選手の名前もよく分からなかったのですが・・・。

写真は大好きな小久保選手。

選手時代の秋山監督に憧れが強かったので、ソフトバンクひいきで行ったのですが・・・。

頂いたシートは中日側でした。

試合前の練習で、プロの打球や守備の美しさに感動しながら観てました。

試合開始前に始球式があり、愛弟子の小学校6年生の彼が出てきて驚き!

富山リトルリーグの子供たちが守備位置に付き、ポケットからボールとマジックを守備についている中日の選手に渡して、サインボールを貰っている光景にホノボノしました。

始球式のボールが無事に届くのか、と親心的な心配をしながら・・・。

無事に始球式が終わりホッと一息。

無理なことだけれど、「もう一度、一から野球を始めたい。」と、また、思った日でした。

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2009年6月16日 (火曜日)

しぐさ

日曜日のこと。

中央通りを歩いていたら、前方で立ち止まっていたおばあちゃんが数珠を落とした。

足元に落ちたからか、気づかないようだった。

通り過ぎる時におばあちゃんの横でかかんで、「はい」と数珠を拾いて渡してあげた。

すると、そのおばあちゃんは嬉しそうに、「ありがとうねぇ、ありがとうねぇ。」と何度もお礼を言ってくれた。

その時には、僕の肩に手を置き、言葉に合わせてポンポンとたたくように。

思わず照れ笑い。

不思議と、心が癒される感じがした。

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2009年6月15日 (月曜日)

核廃絶

日本は唯一の被爆国である。

そのため、世界における核兵器の廃絶を訴えかけ続けている。

アメリカのオバマ大統領は、核兵器の無い世界を追求する決意を表明している。

驚くべきことではないが、自国を守るために核を保有するという考えは納得ができない。

世界経済のバランスを保持するために必要なものは、核兵器ではない。

とりわけ先進国に住む人間は、核兵器の都合の良い使い方を止めなければ平和が訪れることなど無いだろう

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2009年6月14日 (日曜日)

野球に感謝

金曜日の夜に、「マスターズ甲子園富山大会」に関する打合せ会があった。

県下16校OBの代表が集まり、抽選も行った。

我が滑川高校OBの初戦は昨年と同じ、石動高校。

またしても・・・である。

高校のユニフォームを着ると気持ちが入る。

また、夏を楽しむ機会を頂き、歓喜する幸せを実感できる時がやってくる♪

野球に感謝。

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2009年6月13日 (土曜日)

無感覚の苦痛

「余は無感覚よりも苦痛を好みたい」。

これは皇帝ナポレオンが残した言葉。

無感覚で生きているので、あればむしろ苦痛の方が良い。

そういった意味であろう。

これには同調できる(笑)

何も感じずに時を過ごすことほど空しいことは無い。

刑罰とはその空しさを味わうことであり、生きる糧を与えないことでもある。

喜怒哀楽といったように、毎日に感情の変化が起きる。

故に、日々の暮らしに幸せを感じられるのだろう。

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2009年6月12日 (金曜日)

あきらめない勇気

誰もが「あきらめない勇気」を持っているわけではない。

しかし、始めから持っているものなどいない。

何かを感じた時に、その勇気を持てるきっかけがやってくる。

諦めずにこだわっていると、必ず他人の干渉が入る。

そう言われることも覚悟して・・・。

それよりも、他人の言うことなど耳に入られない状況になっているだろう。

そのために、自分自身が惨めに思える時が必ず訪れる。

そこで味わう、孤独との戦い。

やがて、挫折という言葉が誘惑をする。

周囲に認められる日のイメージを、強く心に描きながら。

満足感から来る幸せを、強く信じながら。

「そのことで、誰かの役に立てる。」と言い聞かせながら。

あきらめないという事は、非常に勇気がいることである。

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2009年6月11日 (木曜日)

ホームグランド

今週の日曜日には、母校である滑川高校の野球部の練習を見学した。

白いユニフォームに身を包み、既に真っ黒に日焼けした少年たちが気持ち良い挨拶をしてくれた。

「こんにちはっ!」。

1人がそういうと、次々と声が聞こえてくる。

若干、照れながら頭を下げて監督に挨拶。

ちょうど全体練習が終わり、1年生のみのバッティング練習が始まるところだった。

高校に入学して2ヶ月が過ぎ、やっと野球部の練習にも、新たな高校生活にも慣れてきた頃だろう。

周りを気にする余裕もなく、ガムシャラに頑張る姿を見て勇気を貰うことができた。

「また、一から野球がしたい。」

そう思いながら彼らのバッティングを見守り、無垢でいることの大切が心に染みた。

自分のホームグランドは、やはりそこにあった。

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2009年6月10日 (水曜日)

信じるもの

昨夜は2人の後輩に誘われ、食事をし、飲みに出掛けた。

卓上の議論の虚しさと、何処に正しいとされる標準・基準があるのか。

そのような悩みを聞いた。

自分の考えとのズレ、これまでの当たり前を変える勇気、そして前向きな気持ちが失せる前に打つべき手段。

様々な内容の事を話しているうちに、彼が問いかけた。

「先輩は信じている宗教がなにかあるんですか?」と。

「特に何も無いけれど、バチが当たるということは信じている。」と答えた。

どうしてそのような事を聞いたか、という理由は聞かなかった。

何かを信じていると、軸はぶれない。

それが宗教である必要も無い。

何を信じているかが問題ではなく、信じているものがあるか、ということが問題ではないか。

何かを信じて、謙虚に生きる。

いつまでもそうありたい。

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2009年6月 9日 (火曜日)

OVER40

毎日のハードさに腰が壊れた・・・(汗)

ギックリ腰とまではいかなかったが、背中の筋肉が張って体が歪んでいるらしい。

体力があり、疲れを感じない体質の結果はいつも同じである。

浴槽に浸かり、身体を休めるように念を押された。

水分補給と睡眠・・・。

「寝ている時間がもったいない。」、などと言ってられなくなった。

先日のニュースで、「40歳 伊良部投手が復帰をした。」と報じていた。

国内選手でも、40歳を超える野球選手が増えてきた。

彼らが行っている身体の管理は、我々の想像を超える。

それと比べれば、自分の管理などずさんなもの。

周囲の仲間よりプレーを続けたいのであれば、見えないところでの努力が必要だということ。

東京でプレーしていた頃、「OVER30」(オーバーサーティ)というチームがあった。

「30歳を超えても野球をしたいものなのか?」

当時はそう考えていた。

42歳を迎える今、「OVER40」の1人として頑張ろう。

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2009年6月 8日 (月曜日)

素晴らしさ

講演の依頼を受けて、あることの素晴らしさについて話した。

特に○○の素晴らしさ、と書かないことには理由がある。

素晴らしいと感じるものには一様の理由がある。

それは信念である。

それに共鳴した者たちが、更なる仲間を増やす。

そして継続という形で、受け継がれていく。

信じるものを共有するという行為は、仲間の結束を深める。

「信仰が無い国は滅びる」と、言われるのも同じこと。

生きていく基準、とも成りえる信じる力の重要性を活かしている集団は他を圧倒できる。

そこで更に、共通の目的を認識できれば尚更のこと。

人の信じるという行為の強さは目には見えないものだが、人の目に映らないものを大切にして欲しい。

殺伐とした現代には、目に見えないものを信じる気持ちが大切なのだと思う。

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2009年6月 7日 (日曜日)

長野ASPAC大会 2

「マイ箸作り」の後、もう一つの事業報告が行われた。

これは中学生が対象。

素晴らしい内容だった。

幾つかの班に分かれて、ある国を調べる。

日本と比較することで、多くの情報を取り、次第に理解が深まる。

時間を費やすうちに、いつの間にか興味が沸き、愛着が生まれる。

そしてその国の特徴を捉えたものを行灯にして、自分たちの町に飾る。

時間が過ぎて成人になった時に、その国を訪れる者もいるだろう。

関心が強くなれば、「他の地域を想う」ということができる。

そこに知人がいても、その土地への憧れであっても。

そう想うことで、平和の大切さを改めて感じるはず。

その大切さを知る者が、たくさん増えればと思う

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2009年6月 6日 (土曜日)

心に残るもの

昨夜は遅くまで騒いでいたので、朝はゆっくりと起きた。

現役とは違い、公式のスケジュールもない。

第3者的な立場でいることを楽しみながら、セミナーに参加した。

富山・石川・福井・長野・新潟の5県で構成されているのが北陸信越地区協議会。

(社)日本青年会議所の傘下である。

その事業として報告されたのが間伐材を利用した、「マイ箸作り」。

5県の小学生1万人が2膳づつ箸を作り、合計2万膳の箸ができた。

間伐材は間引きした材木。

それを再利用したものだった。

自然の大切さを学ぶには、うってつけの事業だろう。

製作の段階を映像で紹介し、終了した子供たちの感想も流れていた。

怖がりながらナイフを持ち、箸を製作する。

そこで完成した箸は、子供たちから込められた想いと共に一般に振舞われる。

何よりも子供の心に残ったものが一番の効果となる。

次代を担っていく者にとっては、大変な時代の到来。

このことを、深く理解する大人が増えていく世の中になればと思う。

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2009年6月 5日 (金曜日)

長野ASPAC大会

朝から長野へ出掛けた。

金沢から相棒に迎えに来てもらい、途中で他2名と合流し、一路、長野へ。

緑の山々を横目に見ながら、その景色を楽しみながら・・・。

最近は助手席に座ることが少なくなったので、景色を見るのが余計に楽しかった。

長野市内に入ると大会を宣伝するロゴがあちこちに見られ、現役の青年会議所メンバーが頑張っている姿が垣間見られた。

夜になり、この大会にリンクした年代の役員他が集まり、合同の同窓会。

100名を肥える仲間が集まり、久しぶりの再会に会話が弾む。

お互いの近況を報告し合いながら、お互いに無事でいることを楽しんだ。

いつまでも誰一人欠けることなく、時が過ぎていけばと切に願う・・・。

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2009年6月 4日 (木曜日)

先人の知恵

ここ数日は天気が不安定。

携帯電話からサイトに接続して、雨雲レーダーを確認する。

その情報を得ながら、作業を進めている。

それまでは自然の摂理を考えながら、天候を読んでいた。

昔から言われるように、「燕が低く飛ぶと雨降りが近い。」などといったように。

西の空を見ながら、時には金沢の方へ電話をしながら1時間後の天候を予測する。

風の冷たさや、雲の流れの速さ、翌日の予報などを考慮しながら。

先人が気付いたことは参考になる。

現代人よりもより探究心が強く、情報の取り方も上手だったのだろう。

先人に学ぶことが、一番の近道かもしれない。

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2009年6月 3日 (水曜日)

不調・・・。

問題はソフトボールのナイター。

入会を断ったが、助っ人ということで・・・。

実はソフトボールで調子を崩してから、野球のバッティングがまるでダメ。

野球もソフトボールも変わらないような気がするが。

打ち方自体は同じだが、タイミングの取り方がまるで違う。

打ち方のタイプにもよるが、自分が想像していた通りに打てない。

ウィンドミルという投げ方にやられっぱなし。

タイミングは自分で創るもの。

その合わせ方には人それぞれ手法があるが、大事なのはタイミングが合うこと。

たかが野球のことだが、自分の中では大変なことである・・・。

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2009年6月 2日 (火曜日)

思い通りに・・・

世の中、思い通りにならないことはたくさんある。

そんな時にどうやって切り抜けるか。

「自分の気持ちが晴れるのを待つ。」であれば、子供染みたの話。

楽しかったことを思い浮かべたり・・・。

こうなりたい!という希望を強く描いてみたり・・・。

または気分を転換できるよう、全く違うことを考えるとか・・・。

自分の場合は、何が足りなかったのかをしつこく考える。

凹むことはめったに無いので、これが一番に納得できる。

そうしながら、次回の英気を養って・・・。

それでも結果が伴わないことが多々あるけど、これが現実でしょう。

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2009年6月 1日 (月曜日)

社会のルール

納得できない社会のルールはたくさんある。

しかし深く考えると、「なるほど」と気付くことが多々ある。

多くの人達が考えて、考えて、社会のルールを作ってきた。

そこに思いつきのように理不尽さを唱えても、自分の愚かさを見せているだけに過ぎない。

車を運転するにも規則がある。

もともと道路は誰のものか。

日本国のものである。

その道路を走る資格を形にしたのが免許証。

国のルールに従うのは当然のことである。

時が過ぎれば、時代に沿ったルールに変えるのは必要なこと。

変えるべき点はそのぐらいだろう。

「何故、そうなのか」と疑問を持ち、解き明かすことの方が、文句を言うより先なのである。

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